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読み物 Archive

小川洋子;夜明けの縁をさ迷う人々

本屋大賞「博士の愛した数式」や谷崎潤一郎賞「ミーナの行進」の受賞作家、小川洋子の短編集です。独特の静かで繊細なタッチは長編作品とそのままに、この世界に存在しているのか定かではないあやふやな者達をミステリアスに描きます。

「曲芸と野球」は、河川敷にある野球場の三塁ベースから数メートル先で椅子を組み立てた上で逆立ちの練習をする女曲芸師と野球少年の話。少年の父は整形外科医なので、少年は曲芸師の体がいつも傷だらけなのを知っている。ある日、少年は野球場で三振をした。尻餅の音と同時に、もっと不気味な音が飛び込んできたのだった。

「パラソルチョコレート」はベビーシッターさんの家で唯一出入りを禁じられている部屋にあるチェス盤の不思議を描いたもの。主人公の女の子は、日曜日の午後、必ずシッターさんと喫茶店に行くのが習慣だった。ある日ストーブの火を消し忘れているのに気付いて、シッターさんの代わりに女の子が家に戻ると、そこにはパラソルチョコレートを手にした老人がいた。

どれも、何かを喪失した話が続きます。そして、どれも鮮明な印象のキャラクターが揃っているため、まるで絵画のように作品世界を楽しめます。磯良一氏のスクラッチ技法のイラストも、小川氏の静かな文体にとても馴染んでいて素敵です。

鳴海章;もう一度、逢いたい

江戸川乱歩賞受賞作家の鳴海章(なるみしょう)は航空小説の書き手として知られていますが、「もう一度、逢いたい」は航空色は幾分薄く、幽霊の話を集めた短編集です。唯一「茅蝉が鳴いている」ではパイロット養成指導員の話として航空機の世界が広がっていました。確かに、他の短編よりも描写が細かく、そこに作家の航空機「好き」を伺うことができます。

「チョコレート・クッキー」も当然幽霊の話。
深夜のコンビニエンスストアでバイトをしている主人公が、居眠りから覚めて店内を監視するカメラのモニターをみると、黒いコートの髪の長い女性がお菓子のコーナーに立っていた。目を凝らすが、モニターの画像が粗くて顔ははっきりと見えない。そのうちにまた眠気に襲われ、次に目覚めたときには女性の姿はなかった。静まり返る店内を点検に回ると、お菓子コーナーの床にコアラが焼きつけてあるチョコレート・クッキーが落ちていたのでした。

幽霊が出てくる短編を集めたものだから、5編目のこの作品ともなると、読んでいる途中で「あぁ、この人物が幽霊だな」なんて水戸黄門の悪人当てみたいになってきます。

宮崎誉子;三日月

宮崎誉子がガーリッシュな文体を使って描く、実にかわいくない少女達の短編集です。主人公の少女達は、会話の語尾には必ずハートマークか小さな母音の平仮名を付けるのが基本で、いつも何か不機嫌。それでも、社会がどれだけ自分に対して無関心なのかは分かっているし、きれいなマニキュアを塗ってもらっただけで、ブルーな気分が吹き飛んでしまうような単純さが逞しいのだ。

「チョコレート工場の娘(不登校篇)」は、学校で担任の教師に「チョコレート工場の娘はチョコくせえなぁ」とコケにされたのをきっかけに不登校になった少女、ルリの話。父親に訳を行ったら、学校には行かない代わりに無給で工場で働く約束をさせられた。

ティム・バートンの「チャーリーとチョコレート工場」が現実の工場とは似ても似つかないものだっていうのは誰だってわかることだけど、ルリを待っていたのは紛れもない現実のチョコレート製造ライン。「退屈のあまり溺死体になるかと思」う「やりがいのひとカケラもない」単調な仕事である。

ある日は賞味期限が正確に印字されているかを必死で点検したり、ある日はダンボールを必死で作ったり。ベルトコンベアーは休んじゃくれない。それにあわせて、ひたすら手を動かすのだ。

社長の娘が無給で必死に働いていれば、同じ労働者の中にはそれが面白くないのも出てくる。時には変な嫌がらせにあったり、悪口を言われたりしながらも、ルリは、たくましく単調な作業の中に面白みを想像力で付け加えながら仕事を続けます。

子供の頃は、なんで毎日学校に行かなくてはならないのか疑問だった。でも、大人になったら、学校よりもはるかにつまらない場所に通わなくてはいけなくなるのだ。ルリは経営者の娘を自覚しながら、幼いながらも真面目に仕事に向き合って、決して楽をせず、ごく普通の労働者のように、夜には疲れた体を癒し、休日には同僚とドライブを楽しんだりして過ごすのでした。

この本は、妙に凝った装丁も気になりました。表紙の神経質っぽい不機嫌な少女のイラストも気に入ってます。

ヒキタクニオ;原宿団地物語

青山キラー通り沿いにある原宿団地を舞台に、ちょっと変わった住民達の面白くてほのぼのとした生活を描いた短編集。マルチメディアクリエイターでもあるヒキタクニオ氏がスピード感のある飽きのこない展開で楽しませてくれます。

どの話も団地の住人が巻き込まれた少し風変わりな体験を綴ったものですが、唯一通して登場するのが、誰に頼まれたわけでもなく団地内を掃除している小曽根さんである。浴衣を着たレレレのオジサンとはちょっと違う。下町で生まれ、青年期をアメリカで過ごし、四十半ばで日本に戻ってきたせいで、下町生まれの巻き舌と米国風な英語の発音とで、どこか日系人のような話し方をする、ちょっとイカしたオジサンって設定。

時には自警団の団長として、時には高級ヒーリングマッサージ屋の客として、時にはお悩み相談の相手として、様々な事件の局面で小曽根さんはひっそりと活躍している。

最終話の「チョコレート・ペーストの日々」は、小曾根さんの妻が初めて登場する。大柄な体で気が小さいクリスティナはベルギー出身のフランス人。結婚して四五年欠かさずに朝食に食べ続けたのは、2種類のサンドウィッチ。一つはロースハムとチーズ、もう一つはKWATTAのチョコレート・ペースト。そして、ブラックのコーヒー。
クリスティナの作るフランドル地方の料理は小曽根さんでなくても美味しそう。

ある日、クリスティナが団地の裏で隠れるように泣いていた男の子を見つける。どうやらガキ大将だった子が、転校を機にいじめられっ子に転落したらしい。困った人がいるとどんな小さなことでも放って置けない小曽根さんは、ここでも男の子の抱える問題の解決に乗り出すのでした。

軽快な文章と色彩豊かな状景、そして魅力的なキャラクターが生き生きと描かれて、まるでアニメを見ているかのようなポップな楽しさを味わえます。

胡桃沢耕史;天地紙筒之説

「天地紙筒之説」は胡桃沢耕史著の歴史物語風なSF短編集です。重厚な文体で装飾された話は、どれも人生の重みをたっぷりと含んでいます。

1000年前、太陽の沈む場所を求めて西への憧れを持つ男がいた。遣唐使の従者として中国にわたった日本人が、ついに辿り着いた地は…。

「チョコレート」は、チョコレート会社の重役が定年間際に社長に退職を申し出るが断られる話。重役はそのチョコレート会社の秘密を握っていた。社長は退職の代わりに、ある任務を提案する。
この短編集の中では、比較的ポップなストーリーでした。

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