森永製菓

「おいしく たのしく すこやかに」の森永製菓
森永エンゼルマーク
みんな知ってる日本を代表するお菓子メーカーです。国内チョコレートシェアは明治製菓、ロッテに続いて第三位。製菓業界の中では明治製菓に次いで第二位の企業規模を誇ります。

日本で初めてカカオ豆からの一貫製造プラントを立ち上げた国内チョコレートのパイオニア、「ピ・ポ・ピ・ポ」の森永です。

森永製菓の創業者森永太一郎は、1899(明治32)年、11年間のアメリカ修業ののち、日本の人々にもっと栄養のあるおいしいお菓子を届けたいという大きな夢を持って、日本で初めて西洋菓子作りを始めました。
当時の人たちに、西洋菓子のおいしさを知ってもらうためには多くの創意工夫が必要でしたが、1914(大正3)年、溶けやすかったキャラメルを携帯に便利な紙サック入りに改良して発売、1918(大正7)年には、日本で初めて原料カカオ豆からチョコレート一貫製造を開始するなど、まさにパイオニア・スピリットで現在の菓子産業の礎を築いてきました。

公式サイト「会社案内」より

チョコレートの他に、インスタントコーヒーを初めて国内で製造したのも森永製菓らしいですし、ウィーダーinゼリーの販売が健康ゼリー飲料の始まりだったと言って良いでしょう。さらに、バレンタインデーが普及したのも、森永製菓のキャンペーンがきっかけだったとか。

主なチョコレート製品は、森永ミルクチョコレート森永ビターチョコレート、チョコボール、DARSカレ・ド・ショコラ、小枝、BAKE等々、たくさんですね。

チョコボールのキョロちゃんやおっとっとなど長く愛されているキャラクターもたくさん。中でも一番長く愛されているキャラクターはエンゼルのマークですね。

エンゼルマークは、太一郎が当時よく作っていたマシュマロが「エンゼルフード」と呼ばれることにヒントを得て考えられました。エンゼルマークは誕生以来7回変わってきましたが、森永製菓のシンボルとして現在も使われています。

エンゼル財団」では、「エンゼルの心」を大切に、人間らしい心豊かな生活文化のあり方と、これからの家族のあるべき姿を求するフォーラムなどを開催しています。

実は、自宅から自転車でいける距離に森永製菓の工場があります。
横浜市鶴見スポーツセンターと森永製菓の間には鶴見川。橋の名前は、当然、森永橋。
森永橋

正門からはこんな感じ。チョコレートを一杯に詰め込んで、トラックが出入りしています。
森永鶴見工場

見学もできるそうですが、普段は団体しか受け付けてないので、ちょっと覗きに行くことは断念。春休みや夏休みには家族単位での申し込みもできるそうなので、いつかトライしてみます。

実は森永製菓は、1970年代前半の日本の高度成長期で環境破壊が最も深刻だった頃に、いち早く自然を意識した広告を出していたらしいのです。

◆いち早く「自然」を意識した広告販売
高度成長の影に隠れた部分に着目して作られたのが、工業化の名のもとに破壊され、汚染されつつあった自然の大切さを訴えた、1971 年9 月に発売した小枝チョコレートの「高原の小枝を大切に」のテレビCMである。その後、自然シリーズとして「チョコの樹」(1974年発売)などを市場に送り出した。

◆独自の廃水処理施設
1971 年7 月、森永製菓では、工場廃水による余剰汚染を解決した廃水処理施設を完成させ、工場への導入をスタートさせた。

2004年、西屋敷由美、広島大学卒業論文「日本チョコレート産業の動向と展望」

工場の近くに行くと、風向きによってはほのかにカカオの香りがします。以前は濃厚な香りがしたものですが、今はほとんど気になりません。注意深く鼻を使わないと気づかないくらい。外に香りが出ないように相当気を配っているんでしょうね。
これも「エンゼルの心」を持つ企業精神からくるものだと思います。

こちらは静岡県三島市の工場。ウィーダーインゼリーやミルクココアを作っているそうです。

ちなみに森永製菓は一商品一工場の生産体制です。同じシリーズなのに味によって表示項目が違ったりします(例えば、カロリー表示があったり、なかったり)。パッケージの裏でどこの工場で作られたかがわかるようになれば、かなりの通ですね。

森永 小枝 ミルク 10入

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です